動画の内容
<浜岡原子力発電所の概要>
ナビゲーターの男性が、浜岡原子力発電所を背景に発電所の概要を語ります。
ナビゲーター:
私は今、静岡県最南端、御前崎にほど近い中部電力浜岡原子力発電所5号機の前に立っています。平成17年1月、この5号機が待望の営業運転を開始しました。138万キロワットという日本一の電力を生み出すこの5号機の完成により、1号機から数え、合計出力約500万キロワットという電力が、この浜岡から中部地方へ供給されることになりました。1号機の計画がスタートしたのは、今からおよそ40年あまり前のことでした。折しもそれは、華々しい高度成長の時代でした。電力需要が大幅に伸び、安定した電力の供給が求められていました。原子力発電は、脱石油の柱として日本の経済をささえることになったのです。
<候補地選定から海底取水トンネル貫通式まで>
発電所建設予定地の浜岡砂丘のカットにはじまり、地元との話合い、気象や地質、地形などの本格的な調査など、貫通式までの長い道のりを当時の映像で紹介。
ナレーター:
遠州灘に臨む浜岡砂丘。これは、着工前昭和44年当時の発電所建設予定地。この地が原子力発電所の候補地として浮かんだのは、昭和42年7月のことだった。
当時の浜岡町は同年9月、いち早く条件付きで建設受入れを表明。一方、周辺海域の漁業権を有する漁協は自主的に原子力発電についての勉強や問題点の究明にあたった。その結果、漁業との共存は可能との結論に達し、建設受入れを表明した。
そして、昭和45年6月には発電所建設のための調査所が設置され、本格的な調査が始まった。気象や地質、地形などの基礎データを得るため、地道な調査が海に陸に進められた。地元との話合いが幾度となく行われ、昭和46年3月、建設への調印がなされた。
そして、5月24日、起工式がとり行われた。原子力発電所は、強固な岩盤のうえに建設される。そのため、20メートル以上も岩盤を掘り下げる基礎掘削工事がはじまった。遠浅海岸であるため、沖合い600メートルから取水する日本で唯一の海底トンネル工事が昭和47年3月、始まった。そして、念願の貫通式を迎えた。
ナビゲーターの男性が、自分の体の倍もあるシールド機の前に立ち、説明をはじめます。
ナビゲーター:
これは、海底トンネルを掘る時に使われたシールド機です。原子力発電所の建設にこのシールド機が使われたのは、唯一この浜岡だけです。このシールド機、今ではその役を終え、浜岡原子力館の前にこうして展示されています。そして、さらに工事は進みました。
<中部最大の基盤電源となるまで>
原子炉格納容器の組み立て、圧力容器の輸送、営業運転開始、発電所の拡大など、当時の映像で紹介。
ナレーター:
原子炉格納容器の組み立てが続いた。昭和48年3月、原子炉圧力容器が御前崎港から10キロ、大型特殊トレーラーで慎重に輸送された。重さ340トンにも及ぶ原子炉圧力容器。無事、炉心に納まった。
そして、着工から5年。地元関係機関の協力と住民の理解が実を結び、浜岡原子力発電所1号機、54万キロワットは昭和51年3月、待望の営業運転を開始した。1号機に続き、2号機、3号機、4号機と産業の発展とともに発電所も拡大していった。そして、平成17年、原子力技術の集大成、浜岡5号機、138万キロワットが完成。中部の基盤電源となった。
5号機の中央制御室の中から、ナビゲーターが最新のシステムや今後の浜岡原子力発電所について語ります。
ナビゲーター:
ここは、5号機の中央制御室です。これまでに培ってきた原子力技術を集大成したABWRという最新のシステムが138万キロワットという日本一の電力を生み、中部地方に送られています。地域とともに歩んできた40年余り、浜岡原子力発電所は技術面、そして安全面からも、より一層の向上を目指し、これからも地域とともに歩み続けていくのです。




