中部電力|緊急稼動せよ!武豊火力発電所 電力安定供給の舞台裏についての内容 - 緊急稼動せよ!武豊火力発電所 電力安定供給の舞台裏

緊急稼動せよ!武豊火力発電所 電力安定供給の舞台裏 緊急稼動せよ!武豊火力発電所 電力安定供給の舞台裏についての内容

動画の内容

プロローグ

武豊火力発電所再稼働の概要を紹介します。

ナレーター:
2011年3月11日。
東日本大震災は、日本列島全体を巻き込む、深刻な電力危機の引き金となった。
絶体絶命の事態にあって、稼働を求められた発電所がある。
運転を休止してすでに2年。
時代遅れの老体は、風雨に晒され、満身創痍だった。
武豊火力発電所だが、傷だらけの発電所こそ、最後の砦だったのだ。

永崎重文・武豊火力発電所所長(以下永崎所長):
いざ鎌倉の発電所だと私は思っていましたし、当然リスクは考えていました。

ナレーター:
中部電力管内ではその夏、一度として計画停電は実施されていない。
なんとしても武豊を動かせ!
電力が安定供給された影に、知られざる男たちの闘いがあった。
電力マンたちの意地と誇りがあった。
武豊火力発電所は、いかにして復活を遂げたのか。
その一部始終が明かされる。
全ては、人々の穏やかな暮らしを守るため。

武豊火力発電所再稼働の決定

浜岡原子力発電所を停止し、武豊火力発電所の再稼働が決定するまでの経緯を紹介します。

ナレーター:
2011年5月6日、中部電力に衝撃が走った。

菅直人首相(当時):
浜岡原子力発電所の全ての原子炉の運転停止を中部電力に対して、要請をいたしました。

ナレーター:
この要請を受け、中部電力では検討を重ねた末に、浜岡原子力発電所の運転停止を決定する。

水野明久・中部電力代表取締役社長:
本日の取締役会において、浜岡原子力発電所4号機および、5号機の運転の停止、3号機の運転再開の見送りを決定いたしました。

ナレーター:
だが、浜岡原子力発電所は、360万キロワットの電力を供給していた。
それは、夏場に予想される最大電力のおよそ13パーセントに相当する。
万が一、最大電力が供給力を超えれば、電力不足となり停電してしまう。
そこで武豊火力発電所の2号機に、白羽の矢が立った。

スペシャリストの結集

武豊火力発電所を再稼働するために集まった、専門家2人を紹介します。

北原健司

ナレーター:
急遽呼ばれた北原健司。火力発電システムの開発に長く携わってきた。
武豊でもかつて4年働いた。
連絡を受けたとき、緊張が身体を駆け抜けたという。

北原:
第1陣で呼ばれることは、自分としては光栄だと思いました。なんですが、やはりこのユニットを知っていますので、本当に立ち上げられるのか、というプレッシャーはありました。

種田慎一

ナレーター:
もう1人、種田慎一。2年前、武豊の2号機を停止させている。
厄介な操作手順にも精通していた。
緊急の呼び出しに己の使命を予感したそうだ。

種田:
「実は、悪い話なんだけど」と、こういう風な感じで。
「武豊2号復旧ですか?」「わかってます」と。

ナレーター:
電力の安定供給を損なうことはできない。彼らには意地があった。
復旧の目標期限は7月29日。余裕など、微塵もない。

再稼働の作業開始

再稼働に向けて作業を開始した際、立ちはだかった困難を紹介。

ナレーター:
5月10日。
早速、復旧作業が始まる。
掲げたスローガンは復旧と夏季安定供給。
残された時間はあと81日だった。
けれど、2年間休止していたシステムにはさまざまな不具合が生じていた。
ダクト周辺は赤く錆び付き、外壁も腐食が甚だしい。
屋外設備の大半が、そのままではとても使い物にならなかった。

北原:
予想はしていました。実際目の当たりにすると、ひどいな、という気がしました。

種田:
1つ直せば、またどこか弱いところが出てくるんだろうな、という印象でした。

永崎所長:
穴が開いたら直すという、力仕事だけやれば、なんとかできるものだと思っていました。

ナレーター:
所長、永崎重文の指揮のもと、修理は粛々と続けられた。
電力の安定供給がかかっている。
所員全員が、責任の重さを知っていた。
俺たちが、この武豊をなんとかしなければ。

電力会社の安定供給の取り組み

電気を安定的に供給するために、電力会社がおこなっているさまざまな取り組みについて、紹介します。

中央給電指令所の様子

ナレーター:
中部地域への電力供給は、中部電力・中央給電指令所によって、コントロールされている。
電気は貯めることができないため、管内の消費量を予測し、瞬間瞬時に消費量に合わせた、発電量を確保するとともに、発電所とお客さまを結ぶ、送電ルートの安定を保つ。
加えて、日々、最も効率的な運用となるよう、発電所の運転計画を見直し、電気を安価に供給するための努力も重ねられていた。
2011年、中部地域の夏は、例年よりも早く訪れた。危機感が募る。

中央給電指令所担当者:
夏に向けて、供給力の確保のために全社一丸となって、取り組んで行かないといけないと感じました。
特に安定的に供給するためには発電所の保修時期を調整する必要があります。
発電所から送る電気は送電線・変電所を通ります。
発電所の点検に合わせて、設備も保修を予定していましたので結構大掛かりな事をやらないといけないと感じました。

ナレーター:
発電量が多すぎたり少なすぎたりすると、周波数や電圧などに影響し、安定した電気を送ることができない。
そのため、発電から送配電までを一元化するメリットは大きい。
無駄な発電を抑え、利用者の使用状況に合わせた、確実な送電が可能になるのだ。

企業や家庭の節電への協力

夏の電力需給逼迫に対し、節電にご協力いただいた企業や家庭の取り組みについて紹介します。

ナレーター:
武豊の復旧を急ぐ一方で中部電力は、広く節電への協力を依頼した。
電力の不足は深刻な事態を招きかねない。
企業レベルでも、本格的な節電への取り組みが始まった。

韓国の大停電の様子

ナレーター:
その同じ夏。韓国では、電力不足による大停電が起き、街はパニックに陥った。
電気に支えられる生活が麻痺すれば、大きな混乱を招く。
なんとしても、安定供給を。

台風直撃

2011年7月、台風が直撃した際の作業の様子について、再現ドラマを交えて紹介します。

ナレーター:
再稼働の目標まで11日。
東海地方に接近した台風6号は、武豊にも容赦なく襲いかかった。
よりによって、この時期になぜ。
所員たちは歯を食いしばった。

雨漏りを必死に防ぐ作業員たち。

ナレーター:
台風は、屋外にある海水取り込み装置に、甚大なダメージを与えて去っていった。

永崎所長:
こりゃすごいな。

種田:
海草とゴミが大量に入ってきていますね。

大量の海草とインテークの写真

ナレーター:
海水を取り込めなければ、タービンが回せない。
待っていたのは、海草などの除去作業だ。

ゴミを除去する作業員たち。

ナレーター:
失望するより先に、身体が動いていた。
時間がない。
全員がチカラを合わせた。

絶体絶命のトラブル

目標期限が迫った中で発生したトラブルについて、再現ドラマを交えて紹介します。

ナレーター:
7月27日、試運転開始。
だが、1時間後。

永崎所長:
どうした!

作業員:
タービン軸の油冷却装置の温度が上昇しています。原因不明です。

永崎所長:
なんだって!まずい、まずいぞ!このままだとタービンが焼きつく!

北原:
もし焼きついたら。

種田:
修理まで2ヶ月はかかるでしょうね。

永崎所長:
くそう!やっと、あと一歩のところまできたのに。

ナレーター:
タービンが破損すれば、これまでの努力は水の泡だ。
議論を尽くした結果、タービンの回転数を落とすことを決めた。
しかし、この状況で回転数を落とすには、極めて高い技術が要求される。

永崎所長:
それをやる手段が私の経験上無かった。
「誰かこういうことやった事あるか?」と聞いたら種田主務が「私はやったことがあります」ということだったので、彼に操作方法などを任せようと。

ナレーター:
任されたのは2年前、2号機を休止させた男だった。
慎重にタービンの速度をゆるめ、事なきを得た。

会議をする作業員たち。

永崎所長:
しかし、原因が分からない限り、タービンをフルには動かせないよなぁ。

北原:
完了目標を8月にずらしますか?

永崎所長:
いや、7月中の完了は何が何でも死守する。

種田:
しかし、日数が。

永崎所長:
目標は7月31日に設定する。3日で何とか解決しよう。

ナレーター:
明くる7月28日。
躍起になって原因を探った。
そして、冷却装置にトラブルの源を発見する。
内部に、真っ赤な錆が浮き出していたのだ。

見つかった大量の錆の写真

ナレーター:
これが、冷却を妨げていた。

錆を除去する作業員たち。

ナレーター:
いまはただ、復旧あるのみ。
全員が無我夢中になって、錆の除去に取り組んだ。
あらゆる錆を取り除き終えたのは、30日の夕方だった。
復旧までに許された時間は、あと1日。

目標期限当日での最終テスト

目標期限当日ぎりぎりにおこなわれた最終テストの様子を、再現ドラマを交えて紹介します。

2011年7月31日目標期限当日

ナレーター:
その朝、試運転のスイッチは押された。

タービンが回転する。

目指す出力、28万キロワット。
タービンは、回転数をジリジリと上げてゆく。

テストを見守る所員たち。

ナレーター:
そして、7月31日、午後5時36分。ついに、その時はやってきた。

種田:
目標出力、達成しました。

北原:
目標出力達成、了解。

握手をしたり、拍手をしたりして、喜ぶ所員たち。

ナレーター:
武豊火力発電所2号機、復旧完了。

永崎所長:
皆さん、ありがとう。本当にありがとう。

所員たちに深々と頭を下げる永崎所長。

ナレーター:
誰もが目を潤ませていた。

永崎所長:
胸から熱いものがこみ上げてきました。

北原:
やはり、感無量というか、無事に終わったな、と。

種田:
やっと、ワンステップが終わったかな、と。

ナレーター:
2011年7月31日、午後11時48分。
2号機は2年間の眠りから、完全に目覚めた。
その夏、武豊火力発電所2号機は電力ピークに対応するため、7回稼働。
中部地域では大停電はおろか、わずかな計画停電さえなかった。

電力の安定供給のために

最後に、電力の安定供給ための電力マンの思いを紹介します。

ナレーター:
永崎たちがつくりだした電気は、仲間の電力マンたちに受け継がれ、お客さまに届けられる。
こうして届けられた電気には、電力マンたちの想いものせられている。
快適な生活を、今日も名もなき黒子たちが支えている。

以上

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