AIで電力の安定供給を守る。 世界に先駆けた挑戦

~長距離送電網を常時監視・制御する、オンライン長野方面系統安定化システム(ISC)プロジェクト~

PROJECT MEMBER
Y.Y / T.K / J.K

2012年、上越火力発電所(新潟県上越市)の運転開始に合わせて、「長野方面系統安定化システム(ISC(注1))」が運用開始した。これは、新潟県から長野県・愛知県へ、総距離約300kmという他に類を見ない長距離・大電力送電を実現するために当時開発されたシステムである。このシステムの高精度化と更なる安定化を目指し、5年後に新たなプロジェクトが動き出した。着目したのは、当時まだ実用化に向けて研究段階の技術であった“AI”。電力にAIを組み合わせる、かつてない挑戦が幕を開けた。 (注1) ISC:Integrated Stability Control (統合型系統安定化システム)

PROJECT FLOW

  1. 01.
    2012年
    長野方面系統安定化システム(ISC)
    運転開始
  2. 02.
    2017年 リプレースに向けたAI研究開始
  3. 03.
    2019年 仕様決定・メーカーへ発注
  4. 04.
    2020年~2022年 調整・確認
  5. 2023年 
    AI搭載システム運転開始

PROJECT POINT

  • Check01 常時安定の電力供給へ
  • Check02 未知の技術であったAI
  • Check03 誰もが使いやすいシステムへ

CHAPTER 1

安定供給の要となる、長野方面系統

電力の安定供給を維持し、大規模停電を発生させない。―――それは、中部電力にとって最も重要なミッションである。
電力は発電所から送電線、変電所を経てお客さまの元へ届けられるが、何もせず、スムーズに送り続けられるものではない。電力の需給状況は絶えず変化しており、常時、適正な電圧を維持する必要がある。
当社では、電圧や安定度などが厳しい“系統”に、安定化システムを導入しており、24時間365日、常に電圧や安定度などを監視・制御し、電力の安定供給を守っている。

その中でも特殊な安定化システムを用いているのが「長野方面系統」だ。
「長野方面系統」は、新潟県上越市にある上越火力発電所から、長野県を縦断し、愛知県にある豊根開閉所に至るまでの電力網を指す。
これまで、当社の発電所は電力供給エリアがある太平洋側に集中していたが、この一帯は南海トラフ地震の発生が予測されている。万が一の場合でも、電力供給を維持できるよう建設されたのが上越火力発電所であり、その電力を安定して運ぶ役割を担うのが「長野方面系統」だ。

「長野方面系統は、従来のものとは大きく異なる系統でした。その一番の理由は、距離です。」(Y)

リーダーとして本プロジェクトに携わったYさんは、その特異性を振り返る。
上越火力発電所は、総出力2,380MWを誇る大規模発電所。その電力は、275kVと500kVの2種類の送電線を経由し、総距離約300km先まで届けられる。しかも平地だけではなく豪雪地帯や険しい山岳地帯を貫く長距離送電網である。
距離が長いと、それだけでリスクが高まる。故障発生確率が増加するだけでなく、電圧の揺れが起こりやすくなるからだ。実は、電力系統での故障は発電所へも大きな影響を与える可能性がある。たとえば、系統の故障時に何も対策しないと、更なる電圧の揺れや系統周波数変動により、発電機の回転数にも影響を与え、電力ネットワーク全体が不安定になることが考えられる。さらにその状態が拡大し他の発電機へと連鎖することにより、大規模停電の発生に繋がりかねない状況となる。そのため、中部電力では1960年代から発電機停止の連鎖を阻止する遮断システム「TSC機能(注2)」を導入してきた。また、同様に送電線のルート遮断によって電力ネットワークが分断した場合は、バランスを取るために発電機または電力の使用先を高速遮断するシステム「SSC機能(注3)」を導入している。 (注2) TSC:Transient Stability Control (過渡安定度維持制御)
(注3) SSC:System Stabilizing Control (分離系統周波数維持制御)

「TSC機能とSSC機能に加え、長野方面系統安定化システム(ISC)には、電圧変動問題に対処する“平常時VQC(注4)機能”と“緊急VQC機能”が搭載されています。これは送電距離が長いことで生じる電圧の揺れを防止し、安定化させる機能です。2012年の運転開始から搭載されていましたが、再生可能エネルギーの導入拡大に伴い、天候の変化などにより系統内の電圧が時々刻々と大きく変動するようになったため、今後の運用を見据えて2023年のリプレースで平常時VQC機能にAI制御を導入することにしました。」(Y) (注4) VQC:Voltage and reactive power(Q) Control (電圧安定化制御)

参考 なぜ再生可能エネルギーの導入拡大で系統内の電圧が時々刻々と大きく変動するのか。

再生可能エネルギーは日照条件や風量など自然環境で発電量が左右されること、また、再生可能エネルギーの大量導入により、日中の電気が余剰となり上越火力発電所の運転パターンが変化(日中:出力低、それ以外:出力高)したことで、長野方面系統に流れる電気の量が大きく変化し、電圧が大きく変動する。

「電圧の変動は調相設備(注5)や変圧器タップなど電圧調整機器の動作回数を大幅に増加させてしまいます。それは故障だけでなく、動作回数により整備・交換時期が定められている機器のメンテナンスの増加にもつながり、コストもかさんでしまう。安定した電力供給かつコスト面においても長野方面系統をより安定化させることは必然でした。」(Y) (注5) 調相設備:電圧を適正な範囲に維持するために、無効電力(Reactive Power)を供給または吸収する設備のこと

その手法に選ばれたのがAIだった。
今ほどAIが一般的ではなかった2017年頃に、なぜAIを活用するという選択に至ったのか。
そこには開発チームの未来を切り拓く強い思いがあった。

CHAPTER 2

電力×AI まだ誰も挑戦したことのない世界へ

電圧制御にAIを活用できないか。
それは、系統技術グループの中でふと持ち上がった意見だった。

当時のAIといえば初期の研究段階で、電気学会などで投稿が出始めた頃。技術開発の世界では注目を集める言葉だったが、実装例もほぼなく、今ほど専門的な研究者はいない状態だった。

「長野方面系統の課題解決に向け、研究レポートを読んだり、当社と関わりのあるメーカーの研究部門の方々と意見交換を重ねたりする中で、AIが長野方面系統の電圧適正維持の最適解になるのでは、と考えました。一方、社内からはAIに対して懐疑的な声もあり、研究と同時に周りの理解を得ることにも尽力しました。」(T)

研究パートの担当として本プロジェクトの立ち上げに関わったTさんは、日々社内への説明を続けた。当時、AIの信頼性については、慎重な意見が多くあったからだ。しかし、研究を進めるほど、その優位性が明らかとなりはじめ、Tさんには周囲を説得できる自信があった。

「当時は社員自らが電圧運用に必要なパラメータを算出し、システムを動かしていました。しかし、長野方面系統は、すでに人力では細かな制御をおこなうためのパラメータの算出が複雑化しており、その傾向は今後更に高まると想定されました。そのような中で、AIならば技術を継続的に高められ、人間よりも遙かに速く、理想的な制御ができるパラメータを見つけ出せる。開発・運用コストも調相設備を設置・維持・更新するより安価で、コストパフォーマンスも高い。周りが懸念を抱いていた信頼性については、しっかりと検証と対策をおこなうことでフォローができると説明しました。」(T)

その対策とは、万が一AIの演算に疑義が生じた時に、人がパラメータを設定する従来の制御方法に切替えて運用する“フェールセーフ機能(安全装置)”の搭載であった。

「私たちもAIを100%信頼しているわけではありませんでした。電力は安定供給が第一です。実績がある従来の制御方法はAIほど細かく高度な制御はできないものの、安定供給を守ることは可能であったため、AIと従来機能を融合させた運用を目指しました。」(Y)

常に複数の手段を用意する――中部電力パワーグリッドの系統安定化システムは、かねてから基本的に1つのシステムに2つのメーカーの製品が用いられている。何か不具合が起きた時に、全てを停止させることなく運用を続けるためである。メーカーが違えばロジックも異なり、片方で不具合が起きてももう一方は動き続けることで、安定供給を維持し続けることができる。

「今回のAIシステムは、採用している2つのメーカーによって学習方法が異なっています。そのため、同じ実績データや条件で演算をおこなっても、結果は2社で異なることもあります。常に2社の結果を比較しているため、片方で異常値が出た場合はシステム不具合に気づくことができます。こういったところからも、安定運用への備えの大切さを体現したシステムであると実感しています。」(T)

こうしてAI導入に向けたプロジェクトチームが発足されたが、実は立ち上げた当初は誰一人AIを専門的に学んでいなかった。メーカーの研究部門に聞き取りを重ねる中で、知識と理解を深めていった。そもそも、系統技術分野は担当するエリアや運用方法によって求められる技術が変わる世界だ。3名も「学生時代に学んだ一般的な電気工学がそのまま通用するものではなかった。」と口を揃えて言う。しかし、そんな中で日々学びながら新たな分野に携わっていくのが常であり、新しい仕事を経験するのは、やりがいのひとつだ。
そうして試行錯誤を重ねながら、中部電力パワーグリッドならではの最適なAIシステムは構築されていった。

CHAPTER 3

誰もが使いやすいシステムへ、
バトンを繋いでいく

システムの仕様が決まると、運用開始に向けてメーカーでのシステム設計がスタートする。そこからは日々検証と軌道修正の繰り返しだ。
仕様決定後の実務担当としてプロジェクトに関わったJさんは、研究パートの思想を逸脱していないか、常に気にかけていた。

「実機の構築にあたっては、事前の研究のシミュレーションで出ていた結果通りにはならず、メーカー側と何度も検証や軌道修正を繰り返しました。メーカーからの提案で判断に迷う時は、必ず研究パートの担当に仕様を決めるまでの意図を確認し、思い描いていたシステムが形になるよう努めました。」(J)

調整を重ねるうちに仕様書は、1,000ページ以上へと厚みを増していった。その中で期日通りに完成させることはもちろん、さらにレベルの高いシステムにするべく奔走した。

「気をつけたことは、誰もが使いやすいシステムに仕上がっているかの観点です。完成して終わりではなく、そこからがスタート。運用・保守担当へ次のバトンを繋ぎ、安定した電圧制御を続けていかなければならない。だからこそ複雑な操作性ではなく、いかに運転員が扱いやすいかという点にも配慮しました。」(J)

本プロジェクトにあたっては、開発メーカーと中部電力パワーグリッドで2つのスローガンを掲げていた。
“ONE TEAM”そして“最高のバトンタッチ”だ。

本プロジェクトは、メーカーの協力なくしては成立しない。中部電力パワーグリッドの運用に関する知識と、メーカーの技術知見、2つが合わさることで、長野方面系統の安定化に最適なシステムが完成する。そのためには、全員で志を一つにしてゴールに向かうための共通ビジョンは欠かせないものだった。
そうして数々のバトンが繋がれ、2023年5月16日に新たな長野方面系統安定化システム(ISC)が運転開始された。

これまで、新システムは着実に安定運用への実績を積み重ねている。AI制御も安定しており、正常値を外れた際のフェールセーフ機能(安全装置)の動作もわずか数%という状態だ。
また、コストカット面においても成果を上げている。電圧調整時に動作する調相設備・変圧器タップの動作回数は、前年度に比べそれぞれ約70%・約20%減少した。動作回数が減ることで年間の保守費用は大幅に減額となり、交換までの耐久年数も伸長した。

数々の工夫が盛り込まれたAIを活用した系統安定化システムの実用化。この取り組みは世界でも稀少なものとして、研究専門誌や発表会で取り上げられた。2023年には電気学会より“電気に関する学術・技術において新規な提案や実証をおこない、顕著な成果を上げたもの”として進歩賞を受賞した。

しかし、先にも述べたとおりシステムは開発して終わりではない。今なお続くプロジェクトなのだ。

「AIには常に最新のデータを学習させ、より精度の高い演算をおこなえるよう更新しています。気候変動の影響など、電力を取り巻く環境はこれからも絶えず変わっていくと想定されるため、更新は必須と捉えています。電圧制御も今後さらに複雑になっていく中で、AIは入力したすべての条件を守りながら、人では及ばないスピードで応えて続けてくれます。安定した電力供給をこれからも守っていくために、さらに進化させていけるよう改良を続けていきます。」(Y)

発電した電力を、無駄なく、確実に利用者へ届け続けるために。中部電力パワーグリッドの技術開発はこれからも常に新しい技術を模索し、挑戦を続けていく。

(掲載内容は取材当時のものです。)

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